毎日自己満足

読んだ本や見た映画等の感想、日々個人的に考えた事なんかを書いていきます

小説『ライ麦畑でつかまえて』

ライ麦畑でつかまえて」はサリンジャーの代表的な作品の一つだ。
自分はサリンジャーと言う作家を親父が読んでいるのを見て知っていたのだけれど高校生になるまで読んだことが無かった。

ただ、当時熱心に視聴していた「攻殻機動隊」の中に重要な役割を担って、この「ライ麦畑でつかまえて」が登場し、折角だからと思って購入して、以来何度も何度も読んでいる。

作品の内容はホールデンと言う青年が成績不良や周りと折り合いがつか無いのを原因に、大学を退学するのだが家にすぐに帰ることも出来ず、フラフラと放浪するという話。最終的には家に戻るのだが、あくまで話のメインは放浪している間にホールデン青年が語る様々な価値観。


まず一つ言っておきたいのは学生生活が充実している、もしくはしたいこと、目指す場所がハッキリしている人間ではこの「ライ麦畑でつかまえて」は百パーセントは楽しめないであろうと言う事。
逆に何かやり切れない思いだとか、人付き合いに疲れを感じたりだとか、正体不明の焦燥感があるような人は百パーセント以上楽しめると思う。


ホールデン青年は社会的には落伍者だ。だが彼は自身の中に強力な価値観を持っている。自身が満たされない、至らない人間だと自覚しているからこそ独特の正義感を持っている。
だから満たされた人間や普通の人間が「そう言うモノ」だと自然に受け入れる欺瞞が許せない。
思ってもいない様な事を人間関係を円滑にする為に言うのも欺瞞(ホールデン青年はこれを作中で「いんちき」と呼ぶ)だし、同級生の様々な態度や言動(悪ぶったり他人をコケにしたりするモノ)も「いんちき」。
彼にとって世界は「いんちき」だらけな訳だ。

そして彼は子供や純粋なモノに対して無償の愛を持っている。金魚を自分のお金で買ったから誰にも見せたくないと言う子供の話に対しても好感を寄せているし(「まいったね」と彼は言う)妹のファービーに対してとても純粋な愛情を向けている。
これは子供には大人のように何かを誤魔化したり思っても無い事を偽って喋ったりする欺瞞が存在しないからだろう。

他に独特の価値観を表すポイントとして、彼は妹の通う学校の壁に「Fuck you」と落書きされているのを見て激怒して落書きを消しまくったりする。ホールデン青年は大人に対して反抗的で、浅く考えれば真っ先にそう言う落書きを書きそうなモノだが、そうではないのだ。
子供が見たらどう思うんだ、と真剣に考える、そう言う人間だ。

本の終盤で、彼は妹にライ麦畑の捕まえ役になりたいと語る。

ライ麦畑の捕まえ役とは、子ども達がライ麦畑で遊んでいる時に、畑の端にある崖から下に落ちないように子供を見張っておいて、危なくなったら捕まえておくと言う役割の事だ。

欺瞞が溢れる世界から自分を切り離し「喋れず耳も聞こえない人のふりをして生きたい」と願う一方で、社会的な成功や凄い人間になりたいと願わず、子供達を崖(恐らくは大人の欺瞞の比喩)から守る人間になりたいと言う。

純粋なモノ(彼自身は既に汚されている)は汚されてはならないと言うのが、ホールデンの正義感であり、哲学なのだろう。

結局、ホールデン青年の放浪は三日で終わる。悪ぶろうと色々とやろうとするがどれも気が乗らず(あるいは上手くいかず)、肺炎になりかけたり精神的にまいってしまい、家に妹の顔だけ見に帰るのだが、そこで小さな妹に彼は精神的に救済される。

そして精神病院に入れられる。この話自体、彼が精神病院の中で「君」に話している話という設定だ。

だから全編を通してホールデン青年の少し荒っぽい口調で展開するのだがそれもまた味があって凄く良い。



この小説は読む者にホールデン青年と同様に社会の欺瞞に対する怒りや違和感を持たせる力があると思う。