毎日自己満足

読んだ本や見た映画等の感想、日々個人的に考えた事なんかを書いていきます

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

時間旅行、時間移動というジャンルはジュールベルヌの『タイムマシン』を筆頭に多くの人に愛されていると思う。
今回はそんな時間旅行、時間移動のジャンルの中でも知名度が抜群の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』について話したい。

主演はマイケル・J・フォックス。個人的に最もハンサムな俳優だと思う。格好いいとかイケメンだともっと他にいると思うが、ハンサムな俳優と言われればこの人だろう。


主人公はマーティ・マクフライ。彼は友達の発明家エメット・ブラウン(通称ドク)にある日、新発明のお披露目に呼ばれる。だがそこでしたドクは発明したタイムマシンの燃料を騙し取った相手(テロリスト)に命を奪われてしまい、マーティは咄嗟に30年前にタイムスリップしてしまう…そしてそこでマーティは自分の父親と母親に出会う。彼は父と母の出会いを壊してしまったが故に二人を改めて付き合わせようとするのだが、なかなか上手くいかない。


この『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズは三作品有るのだが、どの作品においてもこの二人の関係が味の一つになっているのだと思う。ドクはマーティより圧倒的に年上で初老なのだが二人の間には本物の友情がある。

自分はこういう全く違うタイプの人間の組み合わせが好きで、この二人は本当に良いコンビだった。


こういうタイムスリップモノの良さは未来をより良い方向に変えられる、あるいは変えられないと言うポイントだろう。

あと三作品目で西部開拓時代が舞台になるのだが、そこで主人公の使う偽名が「クリント・イーストウッド」でニヤッとした。

爽やかな作品でグッドエンドなので安心して人に勧められる作品だと思う。





小説『ザ・ウォーカー』

今回紹介するのは終末モノの『ザ・ウォーカー

舞台はやはり荒廃しきった世界。冒頭のシーンからして世界の荒みっぷりを認識できると思う。特に猫好きな方にとって…。

主人公は壮年の黒人男性イーライ。彼は「あるモノ」を運んで旅をしている。

イーライが偶然訪れた街はカーネギーと呼ばれる老人と彼の配下によって牛耳られていた。
カーネギーはとある偶然からイーライの運ぶ荷物の正体を知る。それさえ有れば人々を支配できるのだと言って、イーライを執拗に追い回す。


そんな折りに、イーライは街で知り合った少女を不本意ながら旅に連れて行く事になる。
二人にカーネギーの魔の手が伸びるが、イーライは長旅で培った技術でそれを払い除けていく。


非常にシンプルな構造だが、荒廃しきった世界に付きものの「小さなコミュニティを牛耳る存在」という要素や、殺陣を思わせるアクションなど見所はたくさん有ると思う。

映画化もしているのでこれを入門に世界荒廃モノを鑑賞するのも良いと思う。

映画『ショーシャンクの空に』

お久しぶりです
今回僕は映画が好き、と言う人間なら殆ど誰でも知っている『ショーシャンクの空に』と言う映画を紹介させていただきます。

原作はスティーヴンキングの『塀の中のリタヘイワース』。彼が刑務所を舞台にした作品はこれの他に名作『グリーンマイル』がある。

先走ってしまったが説明すると、この作品の舞台は刑務所。主人公は若い頃に罪を犯し、刑務所に入れられ、刑務所内で外から物資を調達してくる「レッド」

そこへゴルフ選手と、そのゴルフ選手と不倫していた妻を殺したと言う容疑で「アンディ」と言う男がやってくる。


このアンディと言う男は実は全くの無罪で、無実の罪で収監されてしまった男だった。

普通の人間なら絶望しきってしまう運命に対してアンディは挫けない。

彼は元々凄腕の銀行マンでそのスキルを生かして囚人仲間達にも良い思いをさせてやる(仕事の休憩の時に冷たいビールを飲めるようにしてやったり)

そして、彼の銀行マンとしてのスキルに目を付けた刑務所の長官から脱税(だと思う)の手伝いをさせられるまでになる。


そんな風に苦しい環境でも何とかやっていったアンディだったが、彼が冤罪だと証言する者が刑務所内に偶然現れる(彼が読み書きを教えてやっていた若い囚人。別の刑務所でゴルフ選手を殺したと自慢していた真犯人と会っていた)。

だが脱税の手伝いをしている彼を刑務所の長官は出したくない。彼の無実を訴える若者の口は封じられ、彼は絶望する。

しかし彼は折れなかった…そして彼は脱獄した者が殆ど居ないショーシャンクからの脱獄を企てる。



この作品は単なるエンターテインメントとしても面白いが、それ以上に教訓を得る教科書としても優秀だと思う。
例えば主人公達の囚人仲間に一人かなりの年月収監されたお爺さんが居るのだが、彼は仮釈放が許されて外に出ても、不安感やどうして良いのか分からない焦燥感から自殺してしまう(これは確か映画だけの設定。小説だと孤独死だった気がする)

つまり償い、牢を出ても本当の意味で次に進めると言う訳ではないという事だ。

そして、作中では何度も「希望」と言う言葉が登場する。
アンディは絶望的な状況に陥りながらも絶対に挫けなかった。そしてそんな彼に視聴者や読者は感情移入するからこそ、ラストで感動するのだろう。

主人公のレッドはそんな挫けないアンディに感化されていく人間だ。彼の心の変化は作中でも比較的読み取りやすいと思うので注目して貰いたい。


とりあえず好きな映画を聞かれた時に答えておけばアンパイな映画で、「にわか」と責められる事も有りそうではあるが、それだけ多くの人の心を掴む作品だと言える。

オススメの映画です。







映画『ニューシネマパラダイス』

最近の記事は少し偏っていた気がしていたので、ここらで万人にオススメできる名作について語りたいと思った。
映画『ニューシネマパラダイス』はイタリアで制作された映画。
激しいシーンは無いが、人生のしみじみとした感じを味わうのにうってつけの作品だ。

話は主人公の無邪気な少年時代、恋をする青年時代、そして衰えた中年時代の三つのまとまりで構成されている。

そして何より音楽が素晴らしい。主題歌は映画を全く見ない人でも一度は聴いたことがあるはずだ。



主人公が旧友の死を知らされ回想する形で物語が始まる。旧友は少年が幼い頃に親交のあった映画技師アルフレード。主人公よりもだいぶ年上だ。


主人公トトは事情があって小さな町に引っ越してくる。その町には大した娯楽が無く、住人は保守的。そんな町で唯一の娯楽がアルフレードの管理する映画館で上映される映画だ(ただしキスシーン等の過激なシーンはすべて教会によって検閲されている)。

トトは映画が大好きで映画館の映像を映す為の部屋に度々入り込みアルフレードを怒らせていた。
しかしひょんな事から二人は非常に仲が良くなる。

仲良くなり、トトは度々映像を映す部屋に行くのだが、ある時、そこで火事が起きてしまう。
アルフレードが火の中にトトを助けに行き、自らの視力と引き替えにトトを救う。


そんな事が有った後に、トトの父親が戦場で亡くなった事が手紙で届く。
トトは新しく建て直した映画館で正式に働くようになる。


ここまでが、幼少期。
この映画のキモは前半の幼少期で何となく懐かしい雰囲気を、後半でほろ苦い大人への成長を楽しむ事が出来るという所だと思う。


この後彼が恋をして、色々あって上手くいかなくて(ここはちゃんと映画で楽しむべき)、嘆き悲しむのだが、やはりアルフレードがそんな彼を慰め、彼はアルフレードに送り出され小さな町を後にする。


そして、冒頭のアルフレードの訃報を受けるまで彼は町には帰っていなかった…


話は現代に戻る。彼は町でかつて彼が愛し働いた映画館(建て直されたモノだからニューシネマパラダイス)が潰れていた事をしる。
そして、アルフレードが遺した形見を受け取る。それは映画のフィルムだった。

ただしそれはただの映画フィルムでは無かった。かつて教会による検閲でカットされていたキスシーンの連続フィルム。

主人公はそれを見て苦い経験となった愛や映画に情熱を燃やした過去を思い出し涙するのだった…。



ちなみにニューシネマパラダイスはカットバージョンとフルバージョンの二つが存在するのだが、個人的にはカット版を推したい。カット版の方が大人のほろ苦い感じが味わえると思うので。


明確な理由を上げることが出来ないが、何故か見ていると泣けてくる、そう言う素晴らしい作品だと思う。

テーマ『主従関係』

僕は最近、アニメ『fate/staynight』と言う作品を見ているのだが、この作品の魅力の一つに『主従関係』と言うものがあるのでは無いかと思い当たった。

fate』は原作が成人用のPCゲームで、シナリオを簡単に説明すると
七人の魔術師が過去の英雄を召還し、何でも願いを叶えてくれる聖杯を奪い合い殺しあう『聖杯戦争
その聖杯戦争に正義感の強い主人公が巻き込まれ、偶然召喚した美しい女騎士「セイバー」と共に戦う、と言うもの。

当然主人公以外にも参加者が居て、それぞれが過去の英雄(サーヴァント)を召還して戦うのだが、外伝的な作品を含めると何組も魔術師と英雄の組み合わせが存在する。仲が良かったり、相性が悪かったり、色々な組み合わせが非常に面白い。



話はfateから離れるが、この『主従関係』と言うものは柔軟性と強力なアピール力を持っていると思う。
まず基本的にどんな組み合わせでも美味しい。

若い男+若い男→熱い友情。凸凹コンビだが認め合う等。

若い男+若い女→鉄板。上記のfateの主人公はこのパターン。恋愛感情に移行しやすい。
逆に若い女に他に好きな人が居るのを分かりつつも決して裏切らない忠義者、と言う例も。

年上男+若い男→人生の先輩としての頼り甲斐、尊敬し甲斐が抜群。若い方が憧れて成長したりすると良いよね。どちらが主でも頼れる年上と憧れる青二才、と言う構図になりがち。



年上女+若い男→これも鉄板か。守るべき存在だった若い男がいつの間にか成長していて…なんて話の流れは作りやすいと思う。
若い男が主だと頼れるお姉さん、逆に年上女が主だと姐さん、と言う感じになる。



年上男+若い女→これはありがち。他の例に比べて恋愛感情に移行するまでの間の焦れったさを大事にする傾向がある気がする。
若い女が部下のパターンはそこまで多くない?あるとしたら凄い職人的な年上男に憧れるとかだろうか。


年上女+若い女→これは珍しいのか?自分はこのパターンを見たことが無い。



主観だがこれだけのパターンがあって、これだけの魅力があるのが『主従関係』の強みだろう。
1992年によってアメリカで公開された『ボディガード』は上記の年上男+若い女のパターンだった。やはりプロフェッショナル的な男性が恋愛出来ない関係に今一歩躊躇いを持ったりする、焦れったさが良かった。

あとは名作『ベルサイユのばら』。アンドレとオスカルの関係は直接的には主従関係では無いが、それにかなり近いところが有ると思う。上記のパターンだと年上女+若い男のパターンか?別にオスカルが圧倒的に年上と言う訳では無いけど。


少し古いドラマ『セーラー服と機関銃』も年上男+若い女のパターンだった。女子高生なのに組長になった主人公をオッサンが支えようとする作品で、現代でも十分に通用するおもしろさがあった。

『妖狐×僕SS 』(いぬぼくしーくれっとさーびす)と言う作品も主従関係が登場し、何組かの主従関係を見ることが出来る作品だったはず…アニメも漫画もあるから気軽に鑑賞できると思う。(自分は途中までしか読んでいないけど…)


あとはゲーム『ザ・ラストオブアス』やジェイソン・ステイサム主演の『トランスポーター』も変則的な主従関係的なところが有ると思う。運び屋と運ばれる荷、と言う関係ではあるけど。


長々と説明したが何が言いたいかと言うと『主従関係』って良いね、創作で鉄板なんだね、と言うことである。

あと人によって主に感情を移入する人と従者の方に感情を移入する人がいるのも面白い。陳腐かもしれないけど本当に同じ作品でも楽しみ方は人それぞれと言う事だと思う。












小説『ザ・ロード』

自分は「崩壊世界モノ」が好きで、その手の作品はほとんど網羅していると思う。

日本だと『北斗の拳』が最も代表的な「崩壊世界モノ」だと思う。

このジャンルの魅力はおおきく分けると二つ。「崩壊した世界そのもの」と「荒みきり、法が機能しなくなった自由すぎる世界」。

まず「崩壊した世界そのもの」と言うのは分かりやすいと思う。ボロボロに崩れかけ、傾き鉄骨の見えるビル。放置され錆びついた車。かつて暮らした人間の残り香が微かに残る家屋。何らかの原因で現れた危険生物。その危険生物から身を守るために瓦礫をかき集めて作られた原始的な集落。

これらはもう受取手にガンガンにアピールしてくるポイントだと思う。特に廃墟が好きな人間はこの手の作品が気に入ると思う。



あとは「荒みきり、法が機能しなくなった自由すぎる世界」と言うのは戦国時代後半を舞台にした時代劇や、西部開拓時代を舞台にした西部劇に通じるところがある。
法律が存在しないので弱肉強食が世の法則。だが、そういう世界だからこそ男は己の正義を貫く事が出来ると思う。

やはり人間というのは判断の根底に法律を据えている事が多いと思うのだが(法治国家だから当たり前と言えば当たり前だが)、崩壊世界にはそんなモノがない。だからこそ人は自分で自分の考えに従うしか無いという訳だ。



今回紹介する『ザ・ロード』は崩壊世界入門とも言える作品だ。
だが世界観だけと言う作品ではなく、親と子の独特の掛け合いで展開していく文体は他の作品には無い文学的な魅力がある。

世界は完全に荒廃していて、人肉を食らう人々が溢れている。主人公は小さい子供を連れて安全な場所を探して旅を続けている。
食料はまともに存在せず、武器もろくに揃っていない。

主人公の妻、子供の母親は世界が荒廃しはじめた初期に自殺してしまっていて居ない。
崩壊世界モノには二つの種類があって、文明が滅んでから前文明が神話のように扱われるほど時間が経っているものと、滅んでからまだ時間がそれほど経っていない作品の二つ。

この作品は後者の作品だ。主人公は普通の世界を知っている。だからこそ悲しさを感じる。だが息子は逆に滅んだ世界しか知らない。だからある意味で父親よりもメンタルが強いところがある。



主人公は小さい子供を守りながらあての無い旅をひたすら続ける。それだけの内容なのに心に迫ってくるものがある。

この手の崩壊世界モノを読んだことの無い人にもお薦めの作品だ。

アニメーション『フリクリ』

フリクリ』は2000年頃にガイナックスで制作された不思議なアニメーションだ。

独特の絵柄と独特の展開は他のアニメには見られないもので始めは困惑するが次第に引き込まれていく名作だと思う。

ストーリーは正直説明するのが難しいが、それでも何とか説明するとすれば、


大人になりきれぬ小学生の主人公が不思議な事態に直面し、それを不器用ながらに乗り越えたり呑み込んだりしていく

と言う作品だと言える。ロボットがいきなり出てきたり深読みしなければならない隠喩やハチャメチャな描写が多いのにタダ場面の激しさに目を奪われると言うよりも、何とも言えない不思議な気持ちになる作品なのだ。

小学生(あるいは子供)の頃の、何となく焦れったくて、でも毎日全力で生きてて、それなのに何故か冷めたフリをしたりしてみる、そう言う不思議な子供心が作品越しに伝わってくるのが最高のアピールポイントだと思う。

作品中に使用されている楽曲は「the pillows」のもので、これが絶妙に作品にマッチングしている。
一話の始まった瞬間から「thepillows」の「ONE LIFE」が背景で流れ、主人公の独白がそれに続く(正確にはヒロイン?の台詞が間に入るが)のだが、その瞬間からこの作品はホンモノだと確信させられた。


あとヒロイン?が2人居るのだがどちらも個性的で良かったと思う。退廃的な空気を微かに漂わせているのに青春の何となく爽やかでも有る独特の空気を作り上げていて驚かされた。

個人的にはこういうタイプの子が嫌いな人は少ないと思うのである。



この手の作品の多くは視聴者に深読みさせたり解釈させるタイプだが、「フリクリ」は少し違う。
最終回を見て一応謎は全て解けるが、別に理解できなくてもいいのだと思う。
何となく痛痒い、甘酸っぱい感じの空気と世界観を作り上げる「the pillows」の楽曲に浸るだけで十分に楽しめる。


音楽に「the pillows」の楽曲を選んだ人(スタッフ?ディレクター?音響担当さん?)はとても素晴らしいと思う。
これが単純に友愛博愛を歌うグループや逆に反骨精神むき出しのロックだったらこの作品はあり得なかった。

反骨精神を持ちながらも、何か大切に思ったり、強がったり、寂しさがある「the pillows」の曲だからこの作品は成立したのだと思う。

特に「LAST DINOSAUR」と「ONE LIFE」の二つは本当に神懸かっていたと思う。後はエンディングテーマの「Ride on shooting star」と「FunnyBunny」もかなり良かった。全ての楽曲が良かったが特にこの四つは本当にマッチングしていると思った。



非常に完成度の高い作品で、単なるボーイミーツガールでもない。
アニメなんて~、と思う人も多いかもしれないが、そんな人にこそ『フリクリ』はおすすめ出来る作品だと思う。

それとウエダハジメと言う独特の絵を描く事で有名な方が漫画版も書いているのでこちらも併せておすすめしたいと思う。